NPOコミュニオン国際コミュニオン学会

受講生の声一覧

わかちあい会

2024年

わかちあい会

「幸せになる最良の方法」
わかちあい会に参加する前は、テキストを読んでもピンとこなくて、本当に「思い出」で救われるのだろうか?過去よりも「今この時」が大切なのでは?などと思っていました。ところが、瞑想しながらテキストの朗読を聞いていたら、今日この頃、日々のなにげないシーンで人に感謝を感じたり、人から感謝されたりしていることがいくつも心に浮かんできて、とても暖かい気持ちになりました。その後、苦しい日々を送っていた若い頃に、イベント作りに一生懸命で、消えてしまいたいほど辛い時にそのイベントを思い出しては何とか自分をなぐさめて生き延びていたことが急に思い出され、なんと空しい日々だったかと振り返りました。それで気付きました。私にとって「厳しいことに直面しても、それを思い出せば心が生き生きとするような思い出」とは、「出来事」ではなく「感謝の気持ち」なのだと。そして、「それをいつも思い出せる習慣」とは、「何事も当たり前だと思わず、些細なことに対しても感謝の気持ちを忘れずにいること」だと感じました。今回も大きな気付きがありました。感謝の気持ちでいっぱいです。
テキストを読んだ時、苦しい時にも思い出によって心が救われ・・・そんな感覚になれるだろうか?と正直しっくりこないものを感じた。それでも会が進むうちに、ふとある人の表情が浮かんできた。自分では、自分の価値など何も感じられたかった時「私の存在にも何か意味があったんだ」と感じさせてくれた人・・・こういう他者の存在に支えられ、何とかやって来れたんだなあと、胸がじわじわあたたかくなった。自分の認識している自分だけが自分の全てではないんだと、まだ若かったその時の私は思うことができたし、今思い出している私も改めてそう受けとることが出来た。自分なりに苦しみも踏みしめて歩んできた人生で、苦しかったからこそ味わうことができた深い深い感覚も、いつの間にか自分の中に蓄えていたのだと思うことができた。
瞑想の時、以前このテキストでご一緒した方の「蓄えたワクワクする思い出」をいつも思い出す習慣をつける方法についてのお話、絵が思い出され、その方とのご縁に感謝の涙が溢れました。そして、初めて参加したリスニングセミナーでその方にお話を聴いて頂いた時、その方のお顔が私の顔に見え「鏡だ!」と思った瞬間、闇の中、光が差した体験が思い出されました。参加者よりその体験について質問を受け(その時は言葉にすることは難しく)、あらためてその時の私の気持ちを振り返りました。「鏡だ!」と思った私の顔はびくともしない軸の定まった私自信(インナーチャイルド)でその顔に見つめられて…。「自分の中に答えがある…。おおいなる者に生かされ導かれている私自身の中に」鏡になれる様に傾聴への学びへと誘われている今に「有難い感謝だ」と感じました。今回のわかちあい会で、今に感謝して、今の私の気持ちを掴んで、「嬉しい、楽しい、美しい…」と感動し、「ありがとう」と伝えて。

「幸せになる最良の方法」
わかちあい会に参加する前は、テキストを読んでもピンとこなくて、本当に「思い出」で救われるのだろうか?過去よりも「今この時」が大切なのでは?などと思っていました。ところが、瞑想しながらテキストの朗読を聞いていたら、今日この頃、日々のなにげないシーンで人に感謝を感じたり、人から感謝されたりしていることがいくつも心に浮かんできて、とても暖かい気持ちになりました。その後、苦しい日々を送っていた若い頃に、イベント作りに一生懸命で、消えてしまいたいほど辛い時にそのイベ

わかちあい会

2024年

わかちあい会

「羊は羊でよし、馬は馬でよし」
限りなく一人でありながら、繋がっている温かさを感じました。私は境界線が弱く、私自身を上手く感じ取れずに誤った選択をして失敗ばかりしています。昨年は嫌なものを拒絶する練習の1年でしたが、周囲が私の拒絶を受け入れ、自分が思っていた以上に私は尊重されていたことを体験した1年でもありました。瞑想の中では、テレビで見たモンゴルの大自然の風景を思い出しました。広い草原で、動物たちと距離を保ちながら、一人ぼっちの私が安心して私を生きているイメージでした。限りなく一人をイメージした時、静謐な静けさの中で、揺るぎない強さを持って、クローズでいながらオープンであり、尊重され、生かされ安心しているという感じを持ちました。「あなたはあなたでよし、わたしはわたしでよし」としています。会の中では、共鳴する分かち合いもあって、不思議なご縁を感じました。「それぞれの形においてつながりあい、どの命も無条件の大地の恵みによって支えられ、生かされている」との言葉が生き生きと浮かび上がりました。独りぼっちでも、見えないところで深くつながり合って、助けられている。改めて感謝なことだなと思いました。アニメーターはじめとするスタッフの方々、ご準備からとりまとめまで、本当にありがとうございました。あたたかなほっこりする時間にいつも感謝しています。
すべてとの繋がりを感じることと、それぞれの境界線を感じることのバランスが大事だと思いました。「私はわたしでよし」と自分でもっと認めていきたいです。ありがとうございます。
フィードバックで「客観視できている」「元気をもらえた」「守られているのを感じる」といっていただき、自分ではわからなかったので嬉しく思いました。今、自分の心が穏やかであるのを感じました。1月7日に、ハウスで対面で全く同じテキストでした。どうなるのだろう?と思っていましたが、私が話した事と全く同じ体験をされた参加者の方がいてビックリしました。その方の仰った言葉も私と同じだったので、お互いにエールを送ったりしました。同じテーマを近々で2度行ったのは、こんな計らいだったのかなとふと思いました。

「羊は羊でよし、馬は馬でよし」
限りなく一人でありながら、繋がっている温かさを感じました。私は境界線が弱く、私自身を上手く感じ取れずに誤った選択をして失敗ばかりしています。昨年は嫌なものを拒絶する練習の1年でしたが、周囲が私の拒絶を受け入れ、自分が思っていた以上に私は尊重されていたことを体験した1年でもありました。瞑想の中では、テレビで見たモンゴルの大自然の風景を思い出しました。広い草原で、動物たちと距離を保ちながら、一人ぼっちの私が安心して私を生きているイメージでした。限りなく一

わかちあい会

2024年

わかちあい会

「名前を呼んでみましょう」
瞑想を通して子ども時代を思い浮かべ、大きな愛に包まれていたことを感じました。みなさんのコメントで、自分では気づけない見方を得られました。愛は、自分の思いだけでなくみんなの思いが集まってできているのだと実感しました。
どれ程の人が今、会いたいと無事を願い名前を呼んでいるかと思った時、私がこれまでどれ程多くの方に名前を呼ばれ今があるか、感謝の気持ちでいっぱいになりました。「○○ちゃん」と優しく呼ばれる時、「大切な存在です」と愛を感じます。これからもそう感じる温かな気持ちを蓄えて、深いところで繋がり、見守ってくださっている方の呼びかけが聴けるように応えられるようになりたいと思いました。有り難うございます。

「名前を呼んでみましょう」
瞑想を通して子ども時代を思い浮かべ、大きな愛に包まれていたことを感じました。みなさんのコメントで、自分では気づけない見方を得られました。愛は、自分の思いだけでなくみんなの思いが集まってできているのだと実感しました。
どれ程の人が今、会いたいと無事を願い名前を呼んでいるかと思った時、私がこれまでどれ程多くの方に名前を呼ばれ今があるか、感謝の気持ちでいっぱいになりました。「○○ちゃん」と優しく呼ばれる時、「大切な存在です」と愛を感じます。これからもそう

わかちあい会

2024年

わかちあい会

「羊は羊でよし、馬は馬でよし」
テキストから浮かんだ風景をそのまま描いたのですが、みなさんから感想やコメントをもらって、雄大で平和な気持ちが絵に込められていると感じ、うれしかったです。
やはり色々な暮らしをされている方々のお話をうかがうことで気づきをいただけたな、と。そして終わった後は気持ちが「寛解」されているなと思いました。
昨年は病気がちでなかなか思うようにスムーズに物事を進められず、不安や自信喪失にも陥りました。コミュニオンのメンバーに会えたら少しは元気がもらえるかな、と思って本日参加させていただきました。ワークを通して皆さんとお話しして、自分では思いつかなかったフィードバックもいただけて、私は情熱をもって日々過ごしている事も再確認でき、上手くいっている時のパワーを思い出せた気がしました。
リアルな分かち合い会もよいと思いました。リアルなエニアをやってみたいと思いました。鈴木先生のモンゴルで見た風景とその想いが自由で平和な気持ちをワークで感じることができました。
ワークの中で伝わってきました。

「羊は羊でよし、馬は馬でよし」
テキストから浮かんだ風景をそのまま描いたのですが、みなさんから感想やコメントをもらって、雄大で平和な気持ちが絵に込められていると感じ、うれしかったです。
やはり色々な暮らしをされている方々のお話をうかがうことで気づきをいただけたな、と。そして終わった後は気持ちが「寛解」されているなと思いました。
昨年は病気がちでなかなか思うようにスムーズに物事を進められず、不安や自信喪失にも陥りました。コミュニオンのメンバーに会えたら少しは元気がもらえる

わかちあい会

2023年

わかちあい会

「全人類が織り成す織物の模様は?」
私は織物の裏側にいるので、ぐちゃぐちゃの糸が見えるばかりで織物の本当の姿は分からない。今まで出来事の意味が分かったらどんなにやりやすいかと思ったけれども、たとえ分からなくても一生懸命自分の持ち場で一瞬一瞬生きていくのだなあと感じました。
今ここで自分を大切にしながら与えられた能力を生かして、他の人との良い関わりに焦点を合わせ、調和と一致を目指して働くときに、見事な質の織物になっていく・・という鈴木先生のお言葉をかみしめながら。そしていつか表側を見せて頂ける時に悲しみや辛さを抱えながら生きた裏側での人生に感謝できるようでありたいと感じました。
以前に伺ったお話を思い出しました。貧しい炭鉱で爆発が起こり、その町のお父さんを亡くし、泣いて途方にくれている女性や子どもたちを前に、神父自身も悲しんだり煩悶したりしながら「どうしてか私にも分からないけれども・・今はぐちゃぐちゃの糸が織り混ざっているようにしかみえないけれども、その表には「神は愛なり」と書かれている。」
「自分なんて」と思いながら生きてきたと気づきました。瞑想をしながら、久保田一竹美術館の着物を思い出しました。制作する過程で、布を糸でグルグルと巻き、糸がグチャグチャのように見えました。布を染めて絞って、刺繍して、糸をほどくと、とても美しい着物が現れ、その一枚一枚を立て続けに並べると、大宇宙になったり、壮大な自然が現れたりしていたと思い出しました。
テキストを読みながら、私も一竹美術館の着物のようにグチャグチャに糸を巻いていた年もあったな、絞り過ぎて丈が短くなってしまった年もあったのだなと思いました。コミュニオンで学び、その一つ一つの結び目を今度は勇気を出してほどいていこう、私の織った着物の絵は、並べると何になるのだろうか。それがわかる日を楽しみに、今を生きようと思いました。アニメーター、サブアニメーターの声がとても柔らかくて包み込むようだったので安心感がありました。安全の場で話せることがとても幸せに思いました。
どんなことが起こっても、それが愛の中で起こっていることと受け取れる可能性があるという視野の拡がりを感じました。わかちあい会が参加者皆で織物を織っているのだなと感じることができました。
自分の人生で織っている織物の模様が、ねじれようが、ほつれようが、よじれようが、綺麗に織ることではなく、織物の模様を見ることができた時、そういう模様だったんだということを楽しんで見ることができるよう自分を受け入れ生きていくことが大事だと思った。

「全人類が織り成す織物の模様は?」
私は織物の裏側にいるので、ぐちゃぐちゃの糸が見えるばかりで織物の本当の姿は分からない。今まで出来事の意味が分かったらどんなにやりやすいかと思ったけれども、たとえ分からなくても一生懸命自分の持ち場で一瞬一瞬生きていくのだなあと感じました。
今ここで自分を大切にしながら与えられた能力を生かして、他の人との良い関わりに焦点を合わせ、調和と一致を目指して働くときに、見事な質の織物になっていく・・という鈴木先生のお言葉をかみしめながら。そしていつか表

わかちあい会

2023年

わかちあい会

「すべてよし駅」
私は小さい頃から嫌なことは絶対にやらない!っていうところがあったなと思い出すことができました。嫌なことはしなくていいけど、やりたいけどできないかもしれないから…やめた、みたいなことも結構ありました。前者は潔くてかっこいい!と我ながらいいじゃん!と肯定できるのですが、後者はできなくてもいいからやってみたら?やらない後悔よりやった後悔のほうがいいんじゃないかな?って自問自答してみました。そしたら結構リベンジしていたんです!中学校2年生の時の英検4級を1人だけ落ちたらどうしようと思って学校を休んだのですが、ずっと心に残っていて、40代後半くらいの時に受験しに行って合格することができました!とっても嬉しかったです♪これからもやりたいけどできないってことは、チャレンジしていこうと思います。
老いていく自分、よく忘れる自分。驚くような失敗も経験する自分自身を受け入れなければならない。そんな自分を受け入れたくない時もある。しかし、現実を無視することはできないが、振りまわされず、そんな自分に対して、すべてよし駅とする、できると、今日は学んだ。自分に対する辛さも、他の辛さも、楽しむ力も持つ人のみ「すべてよし駅」に導いてくれる。
今日のアイスブレイキングは「今年1年を振り返って」でした。思いがけなくそのような時間をいただき、自分に何があるだろうと問いかけました。自分のことばを自分で受け止めたり、他の方のお話も深く心に残り、わかちあえるっていいなあと思いました。
「どんな駅に降り立っても、その駅の名を・・自分で「すべてよし駅」に変えることができる」その為には「今、私がいる、ここ」を楽しむ力を持つ。苦しい時に果たして楽しめるだろうかと思いました。アニメーターの方の言葉でふと、「楽しむ」という意味が深いんだ!と理解できました。自分一人で考えているよりも、話してわかちあい、他の方のお話を伺ったりすることで、そうかと自分の中から湧いてくることがあります。改めて、わかちあうって素敵だなと思えたわかちあい会でした。

「すべてよし駅」
私は小さい頃から嫌なことは絶対にやらない!っていうところがあったなと思い出すことができました。嫌なことはしなくていいけど、やりたいけどできないかもしれないから…やめた、みたいなことも結構ありました。前者は潔くてかっこいい!と我ながらいいじゃん!と肯定できるのですが、後者はできなくてもいいからやってみたら?やらない後悔よりやった後悔のほうがいいんじゃないかな?って自問自答してみました。そしたら結構リベンジしていたんです!中学校2年生の時の英検4級を1人だけ落ちたらど

わかちあい会

2023年

わかちあい会

「いきいき生きる」
自然体で生きる。何をしなければとわずらわされずに。幸せは頂いたもの、感謝しかない。苦しみも実は、幸せの元かもしれない。神に感謝なのである。
あるがままでいることの大切さを感じさせていただきました。

「いきいき生きる」
自然体で生きる。何をしなければとわずらわされずに。幸せは頂いたもの、感謝しかない。苦しみも実は、幸せの元かもしれない。神に感謝なのである。
あるがままでいることの大切さを感じさせていただきました。

わかちあい会

2023年

わかちあい会

「一人ひとりが光の存在」
最初は輝いている色としての光を感じていましたが、皆さんの分かち合いを聴いているうちに、あたたかな温もりとしての光を感じてきました。また、闇の中で光る希望としての光だけでなく、心の闇や真実の姿を映し出すものでもあるんだなと思いました。真実の姿を映し出されても恐れずにそのままを受け止めて、それが私ですと告白しあうとき、とっても温かくて優しい光となり、心がぽかぽかするなと思いました。今年の夏体験した蛍を手に乗せた時の発光。淡く点滅した光が愛おしく感じます。鈴木先生の、「どの人もかけがえのない大切な存在です。はっきりわからなくても、その人固有の使命を与えられています」の言葉が響いています。参加者からの分かち合いから、「映し出された闇の姿をモンスター化させない」「弱さは光です」という言葉が心の深いところに残りました。今回もありがとうございました。また今年一年ありがとうございました。
自分の弱さは光。渦中にいる時は、誰でもが苦しみ絶望する。しかし、その弱さこそが光、苦しみや絶望は光。弱さがあるからこそ成長できる、人の幸せを祈ることが出来る。大宇宙の光に包まれている、守られて愛されている。人から祈られている、人は光。今ここに生かされていることに感謝です。今日、わかちあい会でわかち合い、聴いてくださる方がいて弱さは受けとめられる。自分一人では受け止められない。一人では気づけないことを学び、気づかせていただき心温まりました。ありがとうございました。
自分を光に例えるとすると、煌々としたものではなく微弱で卑小なものを思い浮かべました。力強いものが思い浮かばないのは自分らしい部分ではあるのですが、自信のなさから自分を必要以上に過少評価して押さえつけてしまう癖は、結局前向きなエレルギーや未来へ可能性を殺してしまうことなんだと、最近肝に銘じています。残りの人生、自分に与えられたものを充分活かして生きていくためにも、陥りやすい癖には気をつけていこうと思っています。本来光は大小、強弱に関係なくどれも美しい。人もまたそれぞれにすばらしい。例えば蝋燭の光のように、揺れはしてもしっかり陰影を生み出せる味わいのある灯として、自分の芯を燃やしてゆければいいなと思いました。

「一人ひとりが光の存在」
最初は輝いている色としての光を感じていましたが、皆さんの分かち合いを聴いているうちに、あたたかな温もりとしての光を感じてきました。また、闇の中で光る希望としての光だけでなく、心の闇や真実の姿を映し出すものでもあるんだなと思いました。真実の姿を映し出されても恐れずにそのままを受け止めて、それが私ですと告白しあうとき、とっても温かくて優しい光となり、心がぽかぽかするなと思いました。今年の夏体験した蛍を手に乗せた時の発光。淡く点滅した光が愛おしく感じます。鈴木先

わかちあい会

2023年

わかちあい会

「美しい眺め」
「美しい眺め」美しさには、愛や優しさを含んでいると思いました。木のように根があるもよし、風のように根がないのもよし、人として自律していることが尊いと思いました。

「美しい眺め」
「美しい眺め」美しさには、愛や優しさを含んでいると思いました。木のように根があるもよし、風のように根がないのもよし、人として自律していることが尊いと思いました。

わかちあい会

2023年

わかちあい会

「私たちが見るものは みんな心の中にある」
男の子が星を見て、その星が遠いところにいると言って泣く気持ちがよくわからないと思いながら参加していましたが、最後にアニメーターが「宝物は全て私たちに与えられていてそれをつかむ自由も与えられている」とおっしゃったのを聞いて、なるほど、男の子が見ていたものは「望んでも自分の手には入らないと思い込んでいるもの」のことなのだと感じました。私たちは大いなるものに全てを与えられ、導かれ、守られていると 感じることができて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。今回も参加された皆さんとのつながりが感じられ、ありがたかったです。
スタッフの皆様、参加者の皆様ありがとうございました。大宇宙と人は一つに繋がっており、大宇宙は一人ひとりに愛を送り合っていて見守って下さっていると感じました。不幸と見えることも大宇宙に安心して身をただただ委ねればいいんだと思います。苦しくてもありがとうの感謝の言葉です。目に見える世界(Doing)も見えない世界(Being)も大切で、この二つが繋がっていて美しく輝いていました。皆様と分かち合へて感謝です。
瞑想の時に亡くなった母が出てきました。初めてと言っていいくらい、笑顔でしかも動いている母に出会うことができてすっごく嬉しかったです。今までは笑顔ではなく無表情でしたし、ほとんど動いていなかったので。また富士登山のことも思い出して、頂上でご来光を見ることができずに9.5号目あたりで富士山に寄り掛かってねぞべって、半分不貞腐れてご来光を見ていたのですが、これって富士山に抱っこしてもらいたかったから、わざとこうしたのかもなとも感じました。周りに人がいなかったので、富士山と1対1で抱っこしてもらえた感覚だったかもとも感じることができました。ガイドさんが5mくらい下にいらしてくれていたからこそできた経験…とてつもなくすごい経験をさせていただけたなと今これを書きながら気づくことができました。ガイドさん、私の近くに来ないであえて離れて私を見守ってくれていたんだと思います。まさに私がどうして欲しかったかをやっていただけていたなと。私もこのガイドさんみたいに見守れるようになりたいなとも思いました。

「私たちが見るものは みんな心の中にある」
男の子が星を見て、その星が遠いところにいると言って泣く気持ちがよくわからないと思いながら参加していましたが、最後にアニメーターが「宝物は全て私たちに与えられていてそれをつかむ自由も与えられている」とおっしゃったのを聞いて、なるほど、男の子が見ていたものは「望んでも自分の手には入らないと思い込んでいるもの」のことなのだと感じました。私たちは大いなるものに全てを与えられ、導かれ、守られていると 感じることができて、感謝の気持ちでいっぱいになり