NPOコミュニオン国際コミュニオン学会

受講生の声一覧

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「解決の種も自然に芽を出します」
「解決の種も自然に芽を出します」じっくり身にせまったことに、考えさせて頂きました。きっとよくなる解決することを願っています。話しを聞いてもらったことにも感謝しています。

「解決の種も自然に芽を出します」
「解決の種も自然に芽を出します」じっくり身にせまったことに、考えさせて頂きました。きっとよくなる解決することを願っています。話しを聞いてもらったことにも感謝しています。

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「人生は成長するために」
今を喜んで生きる。もちをついて「よいしょ」と大きな声を上げることだ、と思いました。家族、友達とつながっていることを感じました。
辛い時や厭な人間関係に悩むとき、自分の感情を知らないうちにごまかしていたり、人のせいにして何とか自分を守ろうとしてしまっていることに気づきました。自分のことをわかっているつもりにならず、その時その時本当の自分と向き合うことで、自分にとって本当に大切な選択ができるのだと思いました。成長はそこからです。ありがとうございました。
生きていると嫌なことにもいろいろ出合うけれど立ち止まって、これも自分に与えられている試練と受け、乗りこえることで自分の成長につながるのだと思います。
深いお話ができました。感動したり、視野が広がったり、そうゆう風に考えたりとらえたりするんだ…と気づきももらえました。有難うございます。

「人生は成長するために」
今を喜んで生きる。もちをついて「よいしょ」と大きな声を上げることだ、と思いました。家族、友達とつながっていることを感じました。
辛い時や厭な人間関係に悩むとき、自分の感情を知らないうちにごまかしていたり、人のせいにして何とか自分を守ろうとしてしまっていることに気づきました。自分のことをわかっているつもりにならず、その時その時本当の自分と向き合うことで、自分にとって本当に大切な選択ができるのだと思いました。成長はそこからです。ありがとうございました。<

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「幸せ感を育てる」
日々の辛い出来事から、ほんのひととき解放される時間をもつことができて本当に幸せでした。ありがとうございました。ここに来ることができて本当に良かったです。人と競ったり、比べたりする必要などなく、ありのままの自分でいていいのだ、と感じました。エニアグラムについても、広島で分かち合い等があれば参加してみたいです。
日頃、母の介護や、仕事や職場の人間関係、家族の日常に関して言えば、つい不平不満なことに眼がいきがちです。この、分かちあい会を通して改めて、日常のすぐ傍にある美しいもの、心地良いもの、素敵な感覚に気がつき、それを幸せと思える心の持ち様に、気づく私自身に"良かったね、幸せだね"と声をかけてあげたいです。良い時間をありがとうございました。
私は愛されている。古い自分から確かに新しい芽が出て、新しい自分にされているんだな…神に感謝、復活祭を前に。分かち合い会に、声をかけて頂き、とても感謝しています。立ち止まって自分と素直に向き合う、又、自分に優しくなれる時間となっています。
幸せ感を育てるという事に、ハッと気づかされました。幸せを感じると言うのは、余裕が、自分の中にはあって、光や風を感じたりする時にあったりしましたが、幸せも育てられると言う事に気づきました。不平不満は、人を分裂に向かわせるのですね。あぶないところでした。分裂したら大変なので幸せを育てられる自分にします。日常にかんしゃです。

「幸せ感を育てる」
日々の辛い出来事から、ほんのひととき解放される時間をもつことができて本当に幸せでした。ありがとうございました。ここに来ることができて本当に良かったです。人と競ったり、比べたりする必要などなく、ありのままの自分でいていいのだ、と感じました。エニアグラムについても、広島で分かち合い等があれば参加してみたいです。
日頃、母の介護や、仕事や職場の人間関係、家族の日常に関して言えば、つい不平不満なことに眼がいきがちです。この、分かちあい会を通して改めて、日常のすぐ傍

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「親友のように 恋人のように」
「今、ここ」を意識したいと感じました。なんだかとても「今、ここ」をフォーカスしたい気持ちです。風が吹いても、音があっても「今、ここ」と思えるようになりたいと感じました。 
恋人にささやくように、馬にも話すと馬もやさしく真心で答えてくれる。人にも物にも礼を尽くすことが大切とわかった。今ここに生きることが大切とわかった。 
「今、ここで」をからだの軸としてその瞬間と、季節の贈り物をありがたく共有できる幸せを味わえれば、それで充分幸せです。他者にも、自分にも「親友のように 恋人のように」接したいものです。
一つの話からいろいろ気付きがあること、また、他の方の視点を改めて聞くと 新たな発見があることがとても楽しかったです。
たくさんの共通点がある話に出会い、気づきをもらいました。精神的な病気から立ち直り、義母親の介護(かくしつのあったお姑さん)をとてもやさしく接している。私の問題解決の将来を見た感じ、こころがゆったりしている。                                        
日のキリ研を思い出すところがいくつかありました。自分が思っていなかったことを描いていて、他の人から質問されて思い付きで答えた様なことが逆に自分にフィードバックするところがありました。絵に叡智が降りてくることがあるということを感じ、また、崇高なものを黄色で表現する方が続いたのもつながっているということなんでしょうか。最後に自分に対しても、人に対して、この馬に対するのと同じように接することが課題だと思います。                       
午前の文学と人生のワークもわかちあい会のワークもみな同じ一つに融けあうもので、とても心地良い調和とエネルギーを感じ幸せでした。コミュニオンの仲間との和は、本当にとてもありがたいです。ありがとうございました。 
今、ここの大切さ。心静かにいることの大切さ。人、動物、花、すべてに存在していることへの尊敬と尊重、語りかけがだいじかなと思いました。

「親友のように 恋人のように」
「今、ここ」を意識したいと感じました。なんだかとても「今、ここ」をフォーカスしたい気持ちです。風が吹いても、音があっても「今、ここ」と思えるようになりたいと感じました。 
恋人にささやくように、馬にも話すと馬もやさしく真心で答えてくれる。人にも物にも礼を尽くすことが大切とわかった。今ここに生きることが大切とわかった。 
「今、ここで」をからだの軸としてその瞬間と、季節の贈り物をありがたく共有できる幸せを味わえれば、それで充分幸せです。他者

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「あなたの中に小さな子供がいます」
私の中の小さな子供はずいぶんと癒えてきたのだなぁと感慨深いです。私からの愛情はこれからも必要でしょうが、私を支えてくれる素晴らしい知恵者として彼女からも力をもらえるパートナーとしての関係をこれからは築いてゆきます。小さな子供と同様に育まれている私自身にとても感謝しています。
小さな自分が、 いろんな事を思いの他考えていたり、親を含めまわりのたくさんの人達をも観察していたのだと思った。子供にとって理不尽な出来事を自分なりに乗りきっていった 。忙しくて自分の事を後回しにしていた自分の内面を振り返る良い時間でした。
今日の「小さな子供」が私の中で元気になっていることに気づき嬉しく感じました。皆様の深い話を伺えたことが私自身も癒され良い時間を過ごすことが出来たことに感謝です。
緑の見える部屋でゆっくり深く自分の心と対話し心の声を聴くことができました。今ここに居る喜びに満ちた時間を過ごすことができました。ありがとうございます。ありのままの思いを出せる場があることがとても有難いです。感謝!!
新しく出会った方々とのわかち合いは新鮮でした。テーマはよく知ったものでしたが、今、私が 直面していることにヒントをくれるものでした。私の中の小さな子供をいつも思いやり、心を掛けながら生活していこうと思います。
私にとって今日のタイトルが瞑想後に変化していました。それは「私の中に大きな親がいます」というタイトルです。私の中に神様がいつも一緒にいて下さるということと私の中に 私を大切に見守り育ててくれた親が今も内側から支え力を与え続けてくれていることを強く再確認でき安定しています。参加できて良かったです。
「愛と癒しの366日」の通信教育をした時に「あなたの中の小さな子供は何と言っていますか?」の問いにその存在すら気づかず途方に暮れたことを思い出しました。息も出来ず苦しかったでしょう!その子の存在に気づき対話出来ている自分はとても楽になりました。
インナーチャイルドが、私を支えてくれる知恵者でもあるという視点を頂いて、今日ここに来て良かったです。私のインナーチャイルドは私に声をかけてもらえるのを待っていたように感じます。そしてとても喜んでいます。まだ知恵者として何かを受け取るに至っておりませんが幼い頃の私の中に真実があるのではないかと改めて内省したいです。
今日もとても温かな雰囲気の中に居させ頂けた時間(ひととき) でした。改めて自分の中のもう一人の自分を"子供"として見ることで愛しく感じ、日頃 、本当にやりたいことではないことをやらねばならないこととして頑張っている自分にねぎらいの言葉をかけてあげることが出来ました。この幸せな一瞬を感じられる所に居ることが出来たのも、この私を育んでくれた母が居たからこそーと今は認知症で手がかかる母のことを思い感謝の気持ちが湧きました。良い時間をありがとうございました。
小さな子供が本当は母に甘えたいのに我慢していることに気づき、そのことが、辛くしていた為人間関係でも上手くいかなかったこと気付いた。まずは我慢していた自分を"良く頑張ったね"とねぎらい誉めてあげたい。地方から参加していますが、この活動を地域にも広げたいと思いました。
大人になり"わきまえ"のようなものを身につけまわりと上手くやっていく為に自分の中の小さな子供をいつも自分自身で"よしよし"してあげているつもりでした。でも、私の中の小さな子供は本当はもっと、のびのび本音で生きたいのでは?そんなことに気づきました。いつも自分の中でおりあいをつけてばかりいたせいでちゃんと本音を人に伝え、本当の意味で人と調和をとる生き方ができたら"いいな"と思いました。ちゃんと人とコミュニケーションをとっているつもりでやっていなかったのだと…これからまた新しい自分への挑戦です!
「今ここ」にいられるように両手をあけて過ごしていきます。言葉に想いにする毎にそれは過去になっていて「今ここ」は私の中では無我の境地と感じております。いつでもどこでも傾聴ができる自分でありたいと感じました。ありがとうございます。いつもひとかたならぬ温かい想いを頂きました。私はとても心地よく嬉しい気持ちでいっぱいです。今後ともどうぞ宜しく申し上げます。
このテーマの深さに感動しました。"小さな子供はあなたを支えてくれる素晴らしい知恵者でもあるのです"本能的に小さな子供が今の自分を支えてくれる知恵者でもあるという見方、考え方、とても大切なメッセージです。これからは、小さな子供の声をしっかりと聞いて受けとめようと思いました。お一人への深い部分をわかち合えて幸せです。

「あなたの中に小さな子供がいます」
私の中の小さな子供はずいぶんと癒えてきたのだなぁと感慨深いです。私からの愛情はこれからも必要でしょうが、私を支えてくれる素晴らしい知恵者として彼女からも力をもらえるパートナーとしての関係をこれからは築いてゆきます。小さな子供と同様に育まれている私自身にとても感謝しています。
小さな自分が、 いろんな事を思いの他考えていたり、親を含めまわりのたくさんの人達をも観察していたのだと思った。子供にとって理不尽な出来事を自分なりに乗りきっていった 。

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「 真実はダイヤモンドの原石」
今日1日で元気がでました 88才
散歩してて白樺の木の青空が綺麗だなぁと思っていたが今日は幸せを感じた。そんな自分が好きだなぁと思った。幸せを感じていた事が分かって良かったなぁと思った。そして、他者の心にも真実に基づく自由が訪れるよう願います。辛い気持ちが無くなった。

「 真実はダイヤモンドの原石」
今日1日で元気がでました 88才
散歩してて白樺の木の青空が綺麗だなぁと思っていたが今日は幸せを感じた。そんな自分が好きだなぁと思った。幸せを感じていた事が分かって良かったなぁと思った。そして、他者の心にも真実に基づく自由が訪れるよう願います。辛い気持ちが無くなった。

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「平穏な日々こそ『恵み』です」
皆様の恵みの日(平穏な日)に感じられた喜びをお福分け頂けて幸せでした。このような学びの場があることを有難く思いました。
力まない がんばらない そうすると、一番めぐみを感じられるのかなと思いました。今日はずっと落ち着いていました。これも恵みですね。いつもありがとうございます。
いつもよりしみじみとした気持ちでわかちあい会に参加していました。お一人おひとりの話される言葉が、しっくりと心の中に入ってきました。それだけ自分に向かえ合えたのでしょう。ありがとうございました。

「平穏な日々こそ『恵み』です」
皆様の恵みの日(平穏な日)に感じられた喜びをお福分け頂けて幸せでした。このような学びの場があることを有難く思いました。
力まない がんばらない そうすると、一番めぐみを感じられるのかなと思いました。今日はずっと落ち着いていました。これも恵みですね。いつもありがとうございます。
いつもよりしみじみとした気持ちでわかちあい会に参加していました。お一人おひとりの話される言葉が、しっくりと心の中に入ってきました。それだけ自分に向かえ合えたのでしょう。ありがとうございました。

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「いちばん会いたい人は誰ですか」
最初はドキドキでしたが今まで体験した事のない体験をしました。自分の心のモヤモヤした何かを少し楽にしてあげることが出来たように思います。
自分を見つめ直す機会を頂いたように思いました。ありがとうございました。
自分の中で、思う方向が何か先行して先走りしてしまう所があるのかも・・・!?もう少し、ゆったりと見渡して感じてから・・と思っている自分がいて・・・二つの自分のバランス。多分、どちらも自分なのだけど。色々疲れてしまうのが、直線的な光ではなく、じわーっとしみこませたい・・・のかな。
全てが解決し、新しいメニューも浮かびました。私が選んだ所はいずれにしても、心地よく素敵な場所になっていき、沢山の方々の笑顔と健やかを保てる場になると確信しています。

「いちばん会いたい人は誰ですか」
最初はドキドキでしたが今まで体験した事のない体験をしました。自分の心のモヤモヤした何かを少し楽にしてあげることが出来たように思います。
自分を見つめ直す機会を頂いたように思いました。ありがとうございました。
自分の中で、思う方向が何か先行して先走りしてしまう所があるのかも・・・!?もう少し、ゆったりと見渡して感じてから・・と思っている自分がいて・・・二つの自分のバランス。多分、どちらも自分なのだけど。色々疲れてしまうのが、直線的な光では

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「解決の種も、自然に芽を出します」
このテキストは今の自分にピッタリ当てはまるもので「あっ」と反省させられました。物事が思うようにいかないと「どうして」「なぜ?」「こんなに一生懸命頑張っているのに」などと思い、イラついてしまいます。心の中に静かにそっとしておく、という時間、信頼する(人生に)ことが大切だということが分かりました。
アイスブレーキングのテーマが桜のことで始まってから、ずっと1日春を感じる時間に思いました。自分の心も春が来た気分になっていたので、ちょうどあったテーマでした。振り返って、問題を感じていたことがいつの間にかなくなっていて、時間が経ったのだなと実感しました。
今日参加させて頂き、必要なものが自分に必要なだけ与えられていることと、すべては魂の養分となるのだという真実の気づきを得ました。自分自身で育み 育まれていた大木の姿も観ることができましたし、心の声もまた私自身を励ましてくれるものでした。判断、ジャッジしないままに存在しているということの大切さを知りました。何もしないでいることの有益さを改めて実感しました。自ら然る状態によって出る芽を眺めます。人生がとても愛おしく有り難いことを実感しております。
久しぶりに参加しました。最初のアイスブレークから、30年以上前の学校を卒業した頃を思い出し、そのことが瞑想の時間に浮かんできたことにもつながり、全体的に一つの自分を振り返る良い時間になりました。ありがとうございました。一緒に参加している方々の存在も大きいですね。お互いに刺激を与え合い、支え合っているような力(作用)を感じました。
心に思っていたことを初めて口にしましたが、この件は最初で最後にして解決の種を自然に待ちます。時と共に自然に流れます。
"考える"ということではなく"感じる"ことを中心に内面を味わいました。古い記憶の中に思い出の賜物がありました。その思い出はなつかしく、そしていやしにつながりました。

「解決の種も、自然に芽を出します」
このテキストは今の自分にピッタリ当てはまるもので「あっ」と反省させられました。物事が思うようにいかないと「どうして」「なぜ?」「こんなに一生懸命頑張っているのに」などと思い、イラついてしまいます。心の中に静かにそっとしておく、という時間、信頼する(人生に)ことが大切だということが分かりました。
アイスブレーキングのテーマが桜のことで始まってから、ずっと1日春を感じる時間に思いました。自分の心も春が来た気分になっていたので、ちょうどあったテー

わかちあい会

2019年

わかちあい会

「すべてよし駅」
希望を探して迷っている方が自分のようにいらっしゃる事がわかった。(気づき)
迷いながらもそういう方の力になりたいと思い日々生活しています。
想像力を駆使し能動的に人生を楽しんでいきたいと思いました。
何かを求めて人は旅に出るのだろうがどんな駅に降りたっても人は自分を変えることはできない。でも旅に出る。自分とちがう世界をのぞくのは楽しいから。「旅に出る」というこの楽しい気持ちを自分の人生にも持ってもう自分の人生を変えることはできないけれども、せめて単調な生活の中に楽しみをみつけ心穏やかに生きたい。

「すべてよし駅」
希望を探して迷っている方が自分のようにいらっしゃる事がわかった。(気づき)
迷いながらもそういう方の力になりたいと思い日々生活しています。
想像力を駆使し能動的に人生を楽しんでいきたいと思いました。
何かを求めて人は旅に出るのだろうがどんな駅に降りたっても人は自分を変えることはできない。でも旅に出る。自分とちがう世界をのぞくのは楽しいから。「旅に出る」というこの楽しい気持ちを自分の人生にも持ってもう自分の人生を変えることはできないけれども、せめて